恋宿~イケメン支配人に恋して~
子供の頃、俺は夏休みが嫌いだった。
正確には、夏休みの後が嫌いだった。
周りの友達が皆、『家族で遊園地に行った』『家族で旅行に行った』と楽しそうに思い出を語っていた中、俺にはそんな思い出なんて一度だって無かったから。
『うちは東京のばあちゃんの家行った!』
『俺んちなんて北海道に旅行だぜ!千冬は?』
『うちは……、』
『千冬の家は親が旅館やってるから家族で出かけたりできないんだよなー!かわいそー!』
可哀想、友達にはそうよく言われたけど、仕方がないことなのは子供心に分かっていた。
仕方がない。小さな旅館だから、両親もあれこれと働かないとやっていけない。忙しくて当たり前。
仕方がない。だから旅行にも遊びにも行けなくても。授業参観や運動会に来られなくても。
……仕方がない、仕方ない。
諦めていても、寂しかった。
その気持ちはいつしか、旅館も親も嫌いにさせて、周りの『当然旅館の跡を継ぐんだろう』という期待を疎ましく思うようになった。
『千冬、お前は高校出たらどうするんだ?』
『……大学に行く。東京の大学に行って、東京で就職する』
『千冬……』
『反対はさせない。散々ほったらかしておいて、今更親らしいこと言う権利ないだろ』
高校生の頃、進路についての話をした時は、今思い出しても親相手にきついことを言ったと思う。けど、あの頃はそれが自分の本心だった。
そんな俺に対して二人は、静かに頷いた。
『……そうか。やりたいことがあるなら、自分の行きたい道を歩けばいい』
いつもと変わらない、笑顔で。
母さんに至っては、俺が東京に行くことを反対した祖母から俺を守ってくれた。
『千冬には千冬の人生があるんです』
そう、しっかりと言って。