恋宿~イケメン支配人に恋して~
そんな両親が唯一、ふたりそろって来てくれたのが高校の卒業式。
その時間だけ仕事を抜けて、式に出て、嫌がる俺と3人で写真を撮った。その数日後にはすぐ俺は上京したから、家族との思い出はそれが最後だ。
そこからは、なんだかんだと理由をつけてまともに帰省もしなかった。どうせ盆や正月に帰ったところでふたりは忙しいだろうし、と言い訳のように思いながら。
4年、5年と東京で過ごすうちに、俺は大学を出て就職し、こっちでは祖父も祖母も亡くなり、と各々に環境が少しずつ変化して行った。
けれど『やりたいこと』は見つけられず、ただなんとなく過ぎて行くばかりだった毎日。
そんな最中だった。
ふたりが亡くなったと、連絡を受けたのは。
『は……?』
『女将さんとね、旦那さん……ふたりで車に乗ってたところに、正面からトラックとぶつかって……』
久々にふたりで過ごした休日に、車で走っていたところを居眠り運転のトラックとぶつかり、即死。
ふたりには何ひとつ過失のない、完全に不幸なだけの事故だった。
葬式を終えて、一度は閉めようと決めた旅館。だって自分の力だけでやっていけるわけなどないこと、分かっていたから。
けど、母さんの残した日記と皆の涙に心は動き、思ったことは『これでいいのか』。
これまでここをやってきた人々の努力も、築いてきた信頼も、全てなくして。
『自分の行きたい道を歩けばいい』
自分の行きたい道。それがどこかはまだ分からない。けど、もしかしたら見つかるかもしれない。
上手く行くかはわからない。けど、やらずに後悔だけはしたくない。
ならそのために俺は、自分にできることをできる限りやってみよう。
そう決めて、もともと親とも仲のよかった同業者のもとで一年間修行し、毎日毎日勉強してようやく新装開店にまでこぎつけた。