恋宿~イケメン支配人に恋して~



けれど本当の苦労はそこからで、経営というものは自分が思っていた以上に難しく、きついものなのだと知る。

やることも多い、従業員同士で揉めることもある。

けれど以前からの従業員にも支えられ、働くうちに日々沢山の人の笑顔に触れ、『ありがとう』と言われるたびに嬉しさややり甲斐を感じた。



そのうちふと気付く。ふたりが何のために日々頑張っていたのか。

誰かの思い出を彩るひとつになるため。その人の、笑顔のため。



それに気付けた頃にはもう30近くになっていて、この歳になってようやく知った。

求めていたやり甲斐は、逃げていたこの場所にあったこと。



知れば知るほど、自分は親不孝者だと何度も思った。

もっと早くに気付けていたら、反発せずに跡を継げていたら。今ある世界は違うものになっていただろうか。



両親という存在が当たり前すぎて、電話で交わした最後の会話すらも覚えてない。

ごめんな、ふたりとも。こんな息子で、ごめん。



そんな気持ちばかり、抱いていたけれど。





『見てます、ふたりとも』





あの小さな一言に、泣きたくなった俺より先に泣いた。彼女のその涙に、また少し泣きそうになったのは内緒だ。



そうか、見ているのか。こんな俺の姿も、見てくれているのか。

なら、もっと恥じない仕事をしよう。胸を張って、働こう。



心強さと愛しさを、握ったこの手に込めて。




< 169 / 340 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop