恋宿~イケメン支配人に恋して~
「……」
チェックアウト後の作業も終わり、後は自由行動となった今日。
部屋でゴロゴロとくつろぐうちに空はオレンジ色になり、『18時頃になったら呼びに行くから部屋にいてね』と八木さんから言われた私は、私服姿で大人しくひとり部屋の真ん中に寝転がっていた。
古くなった畳の上、寝転がれば木目の天井に小さなかさの電球がぶら下がる。
手にしたスマートフォンの画面を見ればそこには『6月26日』の文字。
……そっか。私、もうすぐ東京に帰るんだ。
当たり前のこと。嫌々始めた仲居の仕事だし、東京に帰れて嬉しいはず……なのに。
「……寂しいと、思うなんて」
小さく呟いた『寂しい』の一言。それは自分の言葉にしてはとても意外で、だけど紛れもない本心だ。
東京に戻ったら、あの会社でも、同じようにやり甲斐を見つけること出来るのかな。
『ここに残って千冬くんのお嫁さんになっちゃえばいいのに』
……ここに残りたいって言ったら、千冬さんはそれを許してくれるのかな。
なんて、私はなにを考えてるんだか……。
ひとり考えていると、トントン、と鳴った部屋のドア。
「はい?」
「俺だ」
「千冬さん?鍵開いてますよ、どうぞ」
千冬さんが朝起こしにくる以外で部屋にくるなんて珍しい……あ、もしかして飲み会に呼びに来てくれた?
体を起こすと、開けたドアから顔を覗かせた千冬さんは着替える暇もなく働いていたのだろう、まだスーツ姿のままだ。