恋宿~イケメン支配人に恋して~
「千冬さん、布団敷きますから今日はお風呂入らないで寝てくださいね」
「おー……」
洗面所で顔を洗う彼にそう声をかけると、私は押入れから布団を取り出し畳の上に敷く。
毛布をばさっと広げれば、この旅館の匂いと千冬さんの匂いがほんの少し香った。
……って、なに千冬さんの匂いに反応しているんだ。自分。
変態か、とツッコミながら、邪心を振り払いバサバサと布団を敷く。すると後ろからずしっとのしかかる重み。
「わっ……」
少し驚きながら後ろを見ると、そこには私の肩に置かれた千冬さんの頭がある。
部屋でふたりきり。そんななかでのこの距離に心はドキ、と音をたてた。けど、それを知られないように小さく息をひとつ吸い込む。
「……重いんですけど」
「んー……」
「ちょっと、そこで寝ないでくださいよ?」
「んー……」
これは、このまま寝てしまいそうな雰囲気?
重みで潰されかねないし、ならばその前に彼の体を寝かしつけようと、体も後ろへ向けようとしたその時。
彼の長い腕は私を後ろからぎゅっと抱きしめた。
「……千冬、さん……?」
冗談?からかっている?
驚きと戸惑いに、心臓はバクバクと音をたてはじめる。
力強い腕と、包む彼の匂い。少し高い位置から、息が耳にかかって少しくすぐったい。
「……ち、千冬さん、ふざけないで。離して……」
「……嫌だ」
直接耳に響く低い声に、全身が敏感に反応する。
いきなり、なに?どうして……なんで、
頭のなかをめぐらせても、答えは出ない。
その代わりに彼の顔は近付いて、ほんの少し煙草の匂いを漂わせたかと思うと、そっと優しくキスをした。