恋宿~イケメン支配人に恋して~
「……あの、」
『迷ってしまったんですけど』、そう声をかけようとした瞬間、彼はそっと仲居さんへと顔を近付けた。
それはどう見ても、ふたりのキスシーン……。
って、えぇ!?
み、見てはいけないものを見てしまった!!
まさかの光景に驚き動揺し、つい勢いよく後ずさりをしてしまう。ところがスリッパのかかとが床に突っかかり、『あ、まずい』そう感じた時にはすでに遅く、体はそのまま後ろへとひっくり返った。
「あっ、ぎゃっ、わーー!!!」
情けない叫び声とともに、ゴンッ、ガシャーンッと響くけたたましい物音。
「い、いたた……」
ついてしまった尻餅に痛むお尻をさすりながら前を見ると、そこには粉々に割れた深い紫色の花瓶。
つい咄嗟に横にあった棚に捕まってしまった私は、その拍子に棚の上にあった花瓶を肘で倒し落としてしまったらしい。
うわ、やっちゃった……。
「どうかされましたか!?」
音を聞いて大慌てで駆けつけてきたのだろう、先程廊下の先にいた芦屋さんと仲居さんのふたりはドタバタとこちらへやってきた。
それに続いて、近くにいたらしい中年の仲居さんたちもバタバタと駆けつける。