恋宿~イケメン支配人に恋して~
「おとなしいっていうか、ぼんやりとした人でね。どうも世話やいちゃって、時々彼女じゃなくてお母さんだと思われてるんじゃないかって思っちゃう」
「しっかりしてる人にはしっかり人なりの悩みがあるんですね」
「そりゃあね。恋に悩まない人はいないよ」
人の少ない浴室で、ふふ、と笑って湯船に肩まで浸かるとその目はこちらへと向いた。
「だから、理子ちゃんも話してみたら?恋の悩み」
「え?」
「千冬さんと、なにかあったんでしょう?」
「……」
千冬さんとのこと、その噂をやはり八木さんも知っていたらしく笑いながら問いかける。
その問いかけはきっと他の人のような好奇心などではなくて、純粋な心配からということが分かるから、ちゃぷ、とお湯を揺らして口を開いた。
「……キス、しました」
「え?……えぇ!?千冬さんと!?」
まさかいきなりこの言葉が出るとは思わなかったのだろう。それまで穏やかだった八木さんの大きな声が、浴室の中に大きく反響する。
「……あの、飲み会の夜に。キスして、気付いたら部屋に戻ってて」
「で?千冬さんはなんて?」
「普通の顔してましたよ。……それで、『29日で終わりでいい』って」
彼の冷たい眼差しと迷いのない言葉に、思い出すとまた痛む胸。
「『誰にでもする』、『本気にしたか?』って、突き放すように言われて……私も、『本気になんてしてない』って強がることしか出来なかった」
本当は違うのに。『どうして』『本気にするに決まってる』って、泣いて縋りたかったのに。