恋宿~イケメン支配人に恋して~
「……理子ちゃんは、千冬さんがそんな人だと思う?」
「え?」
「誰とでも、本気じゃないのにキス出来るような人だって、思う?」
私が見てきた千冬さんは、どういう人?
怖くて、意地悪で厳しくて。まっすぐで、時々優しい。あたたかい人。
求めていた言葉を、くれた人。
そんな、彼が。
「……思わない、です」
小さく呟き否定すると、八木さんは隣でふっと笑う。
「うん。私も、そう思う」
目の前の湯気が、視界をぼんやりとさせて包む。それは、正面から向き合うことに対しての恐れを包むように。
「……きっと、千冬さんは怖いんだと思う」
「怖い……?」
「うん。怖いから、傷つきたくないから、突き放したんだと思う」
怖いから、突き放した……?
「千冬さん、ご両親が亡くなって急遽あの旅館を継ぐってなった時にね、東京に恋人がいたの」
「恋人……」
「すごく仲がよくて、彼女さんも『結婚してふたりで頑張る』って、こっちに引っ越してきて、女将の仕事を学んで……ふたりとも必死に頑張ってた」
千冬さんの、恋人。初めて聞くその存在に、少し驚く。
お湯のなかで段々と熱くなっていく体に、じんわりと汗がにじんだ。
「……だけど、ダメだったの」
「え?」
「彼女さんにはこの街も仕事も合わなくて、結局去って行っちゃった」
『頑張る』と言って東京から来た彼女。慣れない暮らしも仕事も、大変だったのだろうと分かる。
だけど、ひとりこの場に残された彼はどう思っただろう。
仕方ないと諦められた?すぐに忘れられた?
……ううん、そんなわけがない。