恋宿~イケメン支配人に恋して~




あんな突き離され方をして、のこのこ戻るほどプライドの低い女じゃない。

寧ろ、それが彼の望みなら、望み通り帰ってやる。



そもそも、私の居場所はここじゃないんだから。

私の家も仕事も、全ては東京にある。そこからやって来た、長い旅行の土産話のひとつ。



仲居として働いて、そこの支配人とキスをした。それだけの話。

帰って、いつもの日常に戻って毎日を過ごすうちにきっと薄れていく思い出。



千冬さんだって、そう。いつもの日々を過ごすうちに、私のことなんて忘れて、きっといつかいい相手と出会うだろう。





『……二番線、電車がまいります。こちらの電車は高崎方面……』



キャリーバッグ片手にやって来た駅では、響くアナウンスとともにホームに入り込む電車。ふわ、と吹く風が頬を撫でる。



空っぽになってしまった自分の中身をより空っぽにしに行くのか、埋めるためのなにかに出会いに行くのか。分からないまま出てきたけれど。

その旅の結末は、溢れる後悔を引き連れて帰るという、なんとも本末転倒なもの。



こんなに悲しい気持ちになるのなら、空っぽなままでよかった。出会いたく、なかった。

忘れられるのだろうか、日常に戻れるのだろうか。なにひとつ分からない。



だけど戻ることは出来なくて、瞳いっぱいに涙を浮かべて電車へと乗り込んだ。






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