恋宿~イケメン支配人に恋して~
13.目と目を合わせて
電車に揺られ、緑ばかりの景色は次第にビルの灰色へと移り変わっていく。
その景色の変化を見ながら、私はひとりぼんやりと思った。
“日常”に戻るんだ、と。
私の、居るべき場所に。
7月1日、朝8時。
コンクリートから暑さがじりじりと照らす街を歩き、会社に向かう。
久しぶりに袖を通すワイシャツと、動きやすい紺色のスカート。ヒールのあるパンプスに足が締まる気がした。
一ヶ月という時間を空けたにも関わらず、東京の街も会社の中もなにひとつ変化はなく、自然とその中に紛れ込む自分。
「部長、おはようございます」
やってきた会社のフロアで部長のデスクに向かうと、相変わらず痩せた中年男性である部長は私を見て笑顔をみせた。
「おぉ、吉村。おはよう、久しぶりだなー」
「休暇ありがとうございました。これ、お土産です」
そっと差し出したのは、お土産にと買ってきた温泉饅頭の入った箱。
「『伊香保名物・温泉饅頭』……。いいねぇ、リフレッシュ出来たかー?」
「……全然」
「え?」
ぼそ、と返した言葉に不思議そうに首を傾げる部長に、私はスタスタと自分のデスクに戻った。