恋宿~イケメン支配人に恋して~
「……」
ひとり残されたその場で、渡された書類を手に考える。
いつもの会社、ここではパソコンに向かって働くという慣れた仕事がある。
けどあそこと同じように、自分にできることをひとつずつ丁寧にこなしていけば、やりがいと出会えるかもしれない。
楽しいと思えるかもしれない。
苦手だった先輩も実はいい人かもしれない。
視野を広げれば、決して悪くない恵まれた環境。
これが私のいた“日常”。
だけど、こころにぽっかりと穴があいている気がする。
「あ、吉村さん。休み前に出して行った休暇届け、一箇所ハンコ押し忘れてます」
「え?あ、すみません」
すると、続いて声をかけてきたのは総務課の女性社員。
彼女が手にしている紙には『休暇届』の文字と、くせのある自分の字で書かれた名前。そこには確かに、印鑑が押していない。
「印鑑、印鑑……あれ、どこだろ」
手元を探すもののいつも入れているペンケースには入っておらず、続いてバッグの中を探す。
普段はもちろん、旅行の間もずっと使っていた黒いトートバッグ。つい何でも入れてしまうから、あるとしたらこのバッグの奥底……。
隣に女性社員を待たせていることもあり、焦ってがさがさと中を探る。すると、指先に当たった小さく固い感触。
ん?これかな。
そうそれをつまんで取り出すと、それは探していた印鑑……ではなく、小さなこけしのストラップ。