恋宿~イケメン支配人に恋して~
「けど理子ちゃんが戻って来てくれてうれしい。田中さんも『これで新藤屋の将来も安心ね』って喜んでたよ」
「あれ、そういえば田中さんって復帰したんですよね?私まだ一度も行き会ってないんですけど」
「それが理子ちゃんが帰って行ったあの日、田中さんここに向かう途中に車とぶつかって、今度は腕を骨折してまたしばらく休みがほしいって……」
「田中さん不運すぎじゃないですか!?」
以前は足を骨折して、治って復帰したかと思えば今度は腕……。あまりにも不運すぎるまだ見ぬ田中さんに、驚きのあまり笑えてしまった。
「けど会社辞めてここに来るなんて、よく思い切ったね。すごいよ」
「……すごい、ですかね。千冬さんには『そういうところも考えなしのバカ』って叱られたんですけど」
「ふふ、千冬さんは照れてるんだよ。『俺なんかのために』って呆れたフリして喜んでるの」
呆れたフリをして喜んでいる……。そうなんだろうか。
あの人も意外と私以上に気持ちがわかりづらいところがあるからいまいちピンとこないけれど、付き合いの長い八木さんがそう言うのならきっとそうなんだろう。
「これまでの生活を捨てて新しい場所に行くなんて、すごく勇気がいるもん。だから、理子ちゃんはすごいよ」
「八木さん……」
率直に褒めてくれる八木さんに、照れくさくて笑ってごまかす。
ここに来るのは、怖かった。だけど、彼を想うと足は止まらなかった。
……勇気出して、良かった。
みんなとこの旅館にいる、千冬さんが近くにいる。その光景が『日常』になったことが、うれしい。