恋宿~イケメン支配人に恋して~
「……実は、まだ何も」
「何もって?」
「千冬さんと付き合ってることも、仕事を辞めたことも……そもそも、ここに居ることも」
そう。慌ただしさを理由に、家族には何一つ話していない。
親は納得しているわけじゃなく、そもそも知らないのだという事実に、その整った顔は唖然としたかと思えば眉間にシワを寄せた。
「は……?はぁ!?何も!?じゃあ今だに帰ってないのは何だと思ってるんだ!?」
「多分慎の家に入り浸ってると思ってるんだと……」
「お前どれだけ頻繁に元彼の家に居たんだよ!!」
1ヶ月の旅行は慎と行き、一度家には帰ったもののそこからまた1週間ほど帰宅していないのは慎の家に泊まっているからと思い込んでいるから。
だからこそ、親は連絡のひとつもしてこないんだろう。
そう冷静に説明する私に、彼はひどく呆れた顔を見せる。
「はぁ……なら今すぐ電話して話せ。順を追って説明をして了承を得ろ」
「……後でじゃダメですか」
「ダメだ」
ちっ。適当に流しておこうと思ったのに。やっぱりダメか。
厳しい目つきで「ほら、今すぐ」と急かす千冬さんに、渋々着物の懐からスマートフォンを取り出した。
そして電話帳の画面を表示しようとした、その時。
ヴー、と鳴るバイブ音に画面に表示された『着信・お母さん』の文字。
「わっ」
あまりにも丁度いいタイミングに、驚きつい画面の通話ボタンをタッチしてしまう。