恋宿~イケメン支配人に恋して~
それから、2日ほどが経った火曜日。
平日の午前中の新幹線、しかも東京方面行きということでほどよく空いている車内に、私の姿はあった。
いや、正確には『私たち』の姿。
なぜなら、私の隣の席には私服姿で座っている千冬さんの姿があるのだから。
「コーヒー、どうぞ」
「あぁ、悪いな」
車内販売で買ったカップに入ったホットコーヒーを手渡すと、黒いジャケットに白いTシャツ、カーキ色のパンツというシンプルだけどきれい目な服装の彼はそれを受け取り一口飲んだ。
あの後、案の定みっちりと叱られた私は『必ず一度帰って直接親に説明をし、了承を得たうえでここで暮らす』という約束をした。
けれど、その結論に少し考えてから千冬さんから発せられたのは『俺も一緒に行く』と予想外の一言。
『千冬さんも、ですか?』
『あぁ。一緒に行けばお前がもし説明が足らなくても俺が補えるし、それにきちんと挨拶もしなきゃいけないしな』
『挨拶……』
支配人として、預かっているから、という意味のほうが大きい挨拶なのだろう。けれど、付き合って間もないとはいえ恋人が親に挨拶をするなんて、恥ずかしいやら緊張するやら……複雑だ。
気持ちを誤魔化すように、私も熱いコーヒーを一口飲むと小さく息を吐く。
「でもこうしてふたりで出かけるなんて初めてですね」
「なに呑気なこと言ってるんだよ。ったく……」
ミントグリーンの色のカーディガンを揺らし言った私に、彼は呆れたように窓の外の流れる景色へと目を向ける。
呑気って……仕方ないじゃん、本音だもん。
思えばデートというものも、以前ふたりで街を歩いた時の一度きり。
旅館で過ごすのももちろん好きだけれど、こうして外で私服姿の千冬さんを見るのも、これはこれで新鮮でうれしい。
……なんて気持ちを一切顔には出さず、ちらりと彼を見ると、千冬さんは思い出したように口を開いた。