恋宿~イケメン支配人に恋して~
「……というわけで。今も住み込みで働いてる」
話し終えた私に、父は無言のまま。
「ねぇ、そもそもどうして慎くんと別れたの?あの子優しくていい子だったじゃない」
「……浮気、してた」
「え!?うそ!?」
慎とは何度かスーパーでも顔を合わせている母は『信じられない』と言った様子で声をあげる。だけど、事実なのだから仕方ない。
「慎と別れて、仕事もいやで、全部いやになってひとりで旅行に行った。……そこで、私にたくさん与えてくれたのが、千冬さん」
からっぽだった私に、ほしかった言葉をくれた。自分に出来ることと、自分がいることの意味を教えてくれた。
千冬さんが、たくさんのことをくれたんだ。
「だから私は会社を辞めたの。自分であそこにいることを決めて、千冬さんを選んだの」
だから、取り上げないで。彼のそばにいさせて。
自分で決めた道を、歩いていきたい。
「……報告が、遅くなってごめんなさい。だけど私、本気だから」
素直な気持ちを隠すことなく伝え、小さく頭を下げる。
親にこんなに自分の気持ちを伝えたのなんて、どれくらいぶりだろう。きっと記憶にも残らないほど前のこと。
だけどそれくらい、本気である証。認めてほしい。彼といさせてほしい。
「……許さん」
けれど、父から呟かれたのは私の願いを打ち消すような一言。
「あなた、理子がここまで言ってるのに……」
「お前は黙ってろ。理子、お前わかっているのか?彼と共にいるということは、結婚すれば自然と旅館の後継ぎになるってことだ」
「わ、わかってるけど……」
「口で言うほど簡単なことじゃないことも、わかってるのか?」
問いかけながら眼鏡越しに真っ直ぐに私を見る目は、鋭く厳しい。