恋宿~イケメン支配人に恋して~
「理子」
小さく手招きをする彼に小走りで駆け寄ると「犬か」と笑う。自分で呼んだくせに。
「なんですか」
「お前明日休みだったよな。予定は?」
「予定?ないですけど」
「だろうな」
って、聞いておいて失礼な。
ムッと唇を尖らせた私に、千冬さんはスーツの内ポケットから何かを取り出し私に差し出した。
思わず手を出し受け取ると、手のひらに乗せられたのは革のキーホルダーがついた鍵がひとつ。
「鍵、ですか?」
「あぁ。うちのアパートの鍵」
「へ?」
千冬さんの住む、アパートの?
そういえば近くに一室借りてるって言っていたっけ。つまり、えーと……。
「家、行っていいってことですか?」
「そう。明日俺も昼からだから、今夜はゆっくり出来るし。多分理子の方が先にあがれるだろうから、鍵使って先にあがっててくれ」
「えっ、勝手にあがっていいんですか」
「別に見られて困るようなものもない。あ、アパートはそこの細道抜けた先にある茶色い建物な」
そう話していると、ヴー、と鳴る携帯に千冬さんは電話を取りながらその場を去って行く。
千冬さんのアパート……まさか家に招いて貰えるとは思わず、驚きにまじまじと鍵を見つめてしまう。
嬉しい、かも。
家に行けることも、自分も疲れていてゆっくりしたいだろうに、こうして時間を作ってくれることも。
それに『今夜はゆっくり出来る』って……ちょっと期待してもいいのかな。
思えば付き合ってから一度もそれらしいことがなかったもんね。たまには恋人としての時間も大切だし。
込み上げるしあわせに、手のひらの鍵をぎゅっと握りしめた。