恋宿~イケメン支配人に恋して~
「……失礼します」
白い襖の開け口から少し右側に座り、引き手に手をかけて少し開ける。そしたら手を木枠にかけて、最後まで開ける……よし、ここまで順調。
そしたら……なんだっけ。えーと、あ、挨拶?
「いらっしゃいませ、仲居の吉村でございま……」
「違う」
すかさず突っ込む彼の一言に、動きを止めて見上げると、目の前では千冬さんが腕を組みこちらを見下ろしている。
「部屋に入ってドアを閉めてから挨拶ってさっきも言っただろうが!覚えの悪い頭だな!」
「失礼な……教え方が悪いんですよ」
「あぁ?なんか言ったか?」
ついまた口答えをしてしまうものの、また頬をつねられてはたまらない。そんな思いから両手で頬をサッと隠す私に、千冬さんは呆れたように手元の書類で私の頭を下げ軽く叩いた。
「手順やマナー、この紙にまとめてあるからよく読んで覚えておくように」
「……はーい」
その紙を見れば、そこにはネットからプリントアウトしたのだろう『座敷でのマナー講座』と書かれた内容に、千冬さんの手書きで一言二言とメモが書き加えてある。
……わざわざこういうの、用意してくれちゃうんだもんな。千冬さんも、結構面倒見の良い人だと思う。
「じゃあ次は、この街の勉強」
「この街の……?」
「仲居としてお客様相手に説明できる程度の知識は持っておかなきゃならないからな。今から午後のチェックインの時間まではこの部屋で勉強の時間だ」
続いて渡される書類や本には、『伊香保旅行のすすめ』『伊香保の歴史』と書かれた、まるで学校の教科書のようにずらずらと書かれた文字。
どうやらこれを参考にしろ、という千冬さんなりの親切心らしいけれど、こんなものを見せられた時点で私のやる気はダダ下がりだ。