恋宿~イケメン支配人に恋して~
「それ読んである程度の知識を頭に入れたら、今度の休日は街を歩いて、実際の景色を体にも叩き込むんだ」
「体にも……」
「どこに行くまでどのぐらいかかるか、周りになにがあるか。この街の人間だからこそ分かることもあるからな」
言われてみれば箕輪さんやおばさんたちはもちろん八木さんやそれより年下の子たちもみんな、お客さんに何を聞かれてもきちんと答えられるもんね。
地元のことだから、っていうのもあるだろうけど、私は自分の地元の歴史なんて聞かれてもすぐには出てこないし……そう思うとやっぱり皆、きちんと勉強もしているということだろう。
……仕方ない、やるか。
観念したように頷きテーブルに着く私に、千冬さんは小さく笑って頭を撫でた。
「俺はこの後も他に仕事があるから行くけど、何か分からないことがあれば皆に聞けば大体分かるから教えてもらえ」
「はーい」
そして彼は「じゃあ」と部屋を後にした。その部屋にはひとりになった私と、積まれた本や資料たち。
あんまり勉強は得意じゃないけど……そう思いながらも仕方なく、目の前の本をペラ、とめくる。
『伊香保温泉は多くの文人に愛され、万葉集にも名前の登場する歴史の深い街である。古くは戦国時代、長篠の戦いで負傷した武田兵の療養地として作られたことが始まりであり……』
へぇ、そんな昔からある街なんだ。そういえば石段にも与謝野晶子の詩が書かれていたっけ。
資料を読みながら、あの街並みを思い出す。
街に並ぶ少し古い、昔からの建物たち。それらは、この旅館と同じようにそれぞれにたくさんの歴史を抱えているんだろう。
そういうことをひとつひとつ知れば、もっとこの街が好きになるかもしれない。
そんな思いで、また本に視線を移した。