恋宿~イケメン支配人に恋して~
「千冬。彼女足の爪割れてるみたいだから、今日はあんまり歩かせたり重いもの持たせたりしないように」
「え?あぁ……でもなんで理子と宗馬が?お前確か街におつかいに行ったんじゃ……」
「あ、はい。そこで宗馬さんと行きあって、ここまで送ってくれたんです。で、今さっきあの醤油を足の上に落としまして」
経緯を説明しながら見ればどんどんと血の色に染まる足袋に、千冬さんはまるで自分のことのように痛そうな顔をする。
その一方で宗馬さんは平然とまた外の車へと戻ると、置きっ放しになっていた醤油を三本と運んできた大きな花瓶をフロント前の床に置いた。
「千冬、これ頼まれてたやつね」
「あぁ。お、予想より立派だな。やっぱりデザインも花瓶のチョイスもお前に頼んで正解だったな」
「代金は花代と花瓶代、それと花とその子の運搬費とで500万になりまーす」
「高すぎだろ」
まるで漫才師のようなやりとりをして、宗馬さんは「じゃあ」と旅館を後にしようとする。
「あっ、宗馬さん!」
「ん?」
「あの……ありがとう、ございました」
嫌味や失礼なことばかり言うけれど、それでも、ここまで送ってくれたし、こうして中まで運んでくれた。
笑顔のひとつもないけれど、伝えた『ありがとう』の一言に目を丸くしたかと思えば、その顔からはまた笑みがこぼれる。
「どういたしまして。お荷物ちゃん」
そしてその細く背の高い後ろ姿は、スタスタと旅館を去って行った。
……なんとなくだけど、宗馬さんがどんな人なのか少し分かった気がする。
性格も態度も悪くて、だけど面倒見はいい人。不器用な人。自分に対する評価は低いのに、千冬さんのことはしっかりと認めている。
それほど千冬さんのことが好きで、心配で、ムカつく対象の私にも世話を焼いたりして。
いい人なんだって、思う。
「お前、あんなに宗馬と仲良かったか?」
「え?いや、仲良いわけではないと思いますけど……さっきも散々失礼なこと言われてましたし」
「……へぇ」
ところが、その場に残された千冬さんは何とも言えない複雑な表情を見せる。
「どうかしました?」
「いや……別に」
別に、という割には煮え切らない顔……。
それ以上問いかけられることを拒むように、彼は私の前にしゃがみ血のにじむ足袋をそっと脱がせる。
布がこすれるだけではしる痛みに、予想通り右足の中指の爪は割れ、真っ赤な血が指先を染めていた。