恋宿~イケメン支配人に恋して~
「……お前、あんまり宗馬とふたりになるなよ」
「え?なんでですか」
「なんでって……」
宗馬さんとふたりきりになりたい、と思っているわけではないけれど、『なるな』と言われるとなにか理由があるのか気になってしまう。
そんな気持ちからキョトンと問いかける私に、千冬さんは何かを言いたそうに、けれど言いたくなさそうにこれまた複雑な顔をして言葉を飲み込む。
「なんでって、やきもちですよねぇ」
「なっ!!?」
「あ、八木さん」
すると背後からやってきた八木さんは、にっこりとしたいい笑顔。
「やきもち、ってなににですか?」
「なにって、もちろん理子ちゃんが小川さんといることに対してですよね」
「へ?」
「っ〜……なわけあるか!もういい!俺は厨房にあれ運ぶから八木はこいつの手当てしろ!」
そんな八木さんの言葉に千冬さんは怒鳴ると、私の前から立ち上がり、そこに置かれた荷物を持ち廊下を歩いて行った。
怒りながらも、その頬を少し赤くして。
「……行っちゃった」
「あはは、千冬さんもああやって照れたりするんだねぇ」
その光景が少しおかしかったのだろう、八木さんはクスクスと笑うと、フロント奥から救急箱を取り出し、割れた爪に消毒液をかける。
「いっ!」
「あはは、しみるよね。でもちょっと我慢ね」
消毒液はしみるし、ガーゼで触られるのもその度痛い。出そうになる悲鳴を奥歯を噛んでぐっと堪えた。
「……っ、あの、さっきの話って」
「うん?あぁ、やきもちの話?」
ふたりきりのフロント前、痛みをこらえながら声を絞り出し問う私に、八木さんはガーゼとテーピングで爪先を固定する。
「『ふたりになるな』って言ったのはきっと、理子ちゃんが幼なじみとはいえ他の男の子と仲良いのがいやだからだと思うよ」
「へ?」
「さっき千冬さん、小川さんが理子ちゃん抱き上げたの見えた瞬間に吹っ飛んで行っちゃって。もう、あの時の千冬さん見せてあげたかった〜」
千冬さん、が……?
そっか、偶然とはいえ宗馬さんと私が触れていたから。だからあの複雑な表情。
でも千冬さんが、やきもち?あの千冬さんが?
「……イメージがつかなすぎです」
「ふふ、だろうねぇ。でも千冬さんも普通の男の子ってことが分かってよかったねぇ」
イメージがつかない、けど、さっきの彼のあの反応を見たところから事実なのだろう。
やきもち、か……。妬かれるようなことはなにもないんだけど、でも、そのやきもちは彼の気持ちの証。
……ちょっと、嬉しい。
初めて見る表情に、愛しさが込み上げる。