恋宿~イケメン支配人に恋して~
「……私、千冬さんのことなにも知らないから」
「え?」
「千冬さんは、私のことや元彼とのことも知ってて、受け入れてくれてる。けど、私はなにも知らないから」
千冬さんの、過去のこと。
どんな人といて、どんな恋をして、どんな想いを抱いていたのか。彼が私を知ってくれているように、私も彼を知りたいから。
「全部知って、向き合いたいんです」
目を見て言った私に、宗馬さんは少し呆れたように溜息をつく。
「……高いよ?」
「うっ……いくらですか」
もちろん、宗馬さんがタダで私の願いを聞いてくれるとは思わない。
自分の財布と口座にいくら入っていたかを一瞬で頭に思い浮かべ、覚悟を決める。
「次、休みいつ?」
「へ?」
ところが、彼から言われたのは予想もしなかった一言。
「休みって……明日ですけど」
「丁度よかった。なら明日の朝10時に俺の家来て」
「宗馬さんの家?」
って、花屋?
意味がわからずキョトンとする私に、宗馬さんは仕事を終えて部屋を出た。
「あの、宗馬さんの家って……一体、」
それを追いかけ問いかけようと一緒に廊下に出る。ところがそこにはちょうど通りがかった千冬さんの姿。
「あれ、理子なにしてるんだ?」
「わっ!?千冬さん……えーと、その」
「偶然行きあったからちょっと話してただけ。ねー?」
「あっ、はい!そう!」
上手くごまかす言葉を探し戸惑う私に、宗馬さんはいたって自然と嘘をつくと平然とその場を去る。
ふ、普通に嘘ついた……。誤魔化すのが下手な私はその巧い口がうらやましいような、うらやましくないような、微妙な気持ちだ。
一方で、珍しく私と宗馬さんが一緒にいること、そして私のぎこちない返事にいまいち状況が掴めなそうに千冬さんは首を傾げる。
でも、宗馬さんの家で一体何が?
まさか、行ったら怖いお兄さんたちが待ち受けていて、借金の申し込みさせられるとか……?
日頃意地悪な宗馬さんの性格だけに、嫌な想像しか浮かんでこない。
「おい理子、本当に話してただけだろうな」
「えっ!あっはい!もちろん!」
疑う千冬さんにそれ以上問い詰められたら私は宗馬さんほど上手く乗り切れる自信がない。
そんな思いから、逃げるように素早くその場を立ち去った。