恋宿~イケメン支配人に恋して~



「けど私、花の種類とか値段なんて分かりませんけど」

「だろうね。大丈夫、最初から期待してないから」

「……すみませんね。じゃあその期待されてない私は何をしたらいいんでしょうかね」

「レジ係。花は俺が包むし渡すから、俺が言った金額をそこにメモして、お金受け取っておつり渡して」



そう渡された電卓とノート、それとお金が入っているらしい小さな箱を受け取ると、早くも近付いてきたお客さんに慌ただしく移動販売が始まる。



「小川さんのところの花屋さん、今年も来てくれたのねぇ」

「うん、今年も来たよ。いつもの花ひと束でいい?」

「えぇ、ありがとねぇ」



菊やりんどうなど、黄色・白・紫の混ざった小さめの花束をひとつ、お客さんであるおばあちゃんに手渡すと宗馬さんは私を指差す。



「300円ね。会計はそっちの彼女にしてもらっていい?理子、お会計」

「あっ、はい!300円になります」

「じゃあ1000円で」



慣れない手つきでお釣りを渡す私にも、おばあちゃんはにこにこと笑ってお寺のある方向へと向かって行く。



「この辺には花屋もないからさ、ああいうじーちゃんばーちゃんは一回街に出て買いに行ってから、寺に向かわなきゃいけないんだよね。それって、結構つらいじゃん?」

「あ、じゃあそういう人のために?」

「まぁ、人のためと売り上げのため。一石二鳥ってやつ」



話すうちにまた人はやってきて、花を渡しお金を受け取りと、同じやりとりをする。



「いらっしゃいませー。ほら、キミも声出して」

「……いらっしゃいませ」

「本当愛想ないねー。元気よくしないと売れないよ?ちなみに今日予算分売れなかったら報酬なしだから」

「え!?」



報酬なしって……私が聞きたいことは教えてくれないということ!?それは困る!

その気持ちから、焦って「いらっしゃいませー!」と声を出す私に、宗馬さんはふっと笑った。



「お兄さん、お花ひとつちょうだい」

「はい、ひと束300円ね」

「可愛い花屋だねぇ、夫婦かい?」

「あはは、嫁さんにするならもっと可愛げのある子がいいなー」

「うるさいですよ」



次から次へと来るお客さんに、売れていく花たち。

わたわたとしながら精一杯仕事を手伝う中で感じたのは、旅館と同じ“接客業”でも全く違うものであること。



千冬さんの旅館は、相手をもてなし丁寧に接客する。宗馬さんの花屋は、相手に親近感を持った接客をする。

それぞれの場面で、合った仕事のやり方がある。だけど変わらないのは、相手に寄り添い接すること。



大切なことを少し、教わった気がした。




< 278 / 340 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop