恋宿~イケメン支配人に恋して~
「あの旅館の敷地内にさ、一軒家が建ってるの知ってる?」
「へ?あ……そういえば」
その言葉に思い返せば、旅館の敷地内……建物裏の片隅に1軒、2階建ての昔ながらの家があったことを思い出す。
「あれ、千冬の実家。昔はあそこにじーちゃんばーちゃんと両親と5人で住んでたんだよ」
「えっ、そうなんですか?」
まぁ確かに、旅館の敷地内にあるという時点でそれが彼の実家だと気づくべきだったかもしれない。
けど、それならどうして千冬さんは実家に住まずにアパートに……?
「じゃあ、どうしてアパートに?」
頭に浮かんだ疑問をそのまま言葉に出す私に、宗馬さんはまた少し悲しげに笑う。
「……あんな広い家にひとりは、寂しすぎるでしょ」
……そう、だ。
以前は皆がいて、声や音で溢れていた家。だけど今は彼しかいない。自分だけ、ひとりで思い出しか残らない。
その無言は、きっと心にずしりとのしかかる。
「正直千冬の親が亡くなって、もう新藤屋は終わるとばかり思ってたから、千冬が継ぐって言った時は驚いたけど嬉しかったんだよね。なにか力になりたくて、俺にできることは何かと思った時に、花を届けるだけじゃなくて飾ることだと思った」
「だから花を生けて……?」
「そう。前にキミが『自分にできることを教えて貰った』って言っていたのと同じ。俺も千冬に、自分に出来ることを教えて貰ったんだよ」
私と同じ。千冬さんに、たくさんのことを教えてもらった。自分に出来ること、自分がやりたいこと。
だからこそ、宗馬さんは一層彼を大切に思って。
「全くの素人が旅館経営を1.年で身につけるってやっぱりすごく大変で、千冬は戻ってきてから修業先で毎日必死に仕事してた。……彼女も、そんな千冬を支えながら頑張ってた」
『彼女』、それは私が知りたがっていた存在の話。
「彼女も当然素人で、だけど千冬のためならって女将として働けるよう毎日頑張ってたんだけどさ。……もうすぐ新藤屋も新装開店、ってところで帰っちゃった」
「……その、理由っていうのは」
「この前俺がキミに言ったことと同じ。不安だとかプレッシャー、慣れない土地でのホームシック。いろんなことが一気にきて、耐えきれなくて逃げ出した」