恋宿~イケメン支配人に恋して~
『人の上に立って旅館を背負って、自分の働きひとつで経営が左右される。そんなプレッシャーに勝てる?どうせ途中で嫌になるんじゃないの?』
それは、以前宗馬さんに言われた言葉。
不安、プレッシャー。私は千冬さんから『大丈夫』と言って貰えたから気持ちを強く持てたけれど、もしそのまま気付いて貰えなかったら。
何も言って貰えず、自分も言えなかったら。心はいっぱいになってしまうかもしれない。
「千冬は追いかけもしないで、『仕方ない』って諦めたフリして働いて……でも結局食事も喉を通らなくて眠れもしなくて、体をダメにして倒れたこともあった。それくらい、彼女を想ってた」
「……なんとなく、想像つきます」
『さよなら』と言った相手を『待ってほしい』と引き止めるような人じゃない。ましてや自分に成すべきことがあるとわかっているのなら、尚更。
本当は引き留めたくても、寂しくても、悲しくても。
苦しめるくらいなら、と手を離すだろう。
「時間とともに立ち直ってはいったけど、多分完全には断ち切れてなかったんだろうね。見合い話を持ち寄られたり言い寄る女の子もいたけど、『俺は一生ひとりでいい』って拒んでばかりいて」
『ここに居たいなんて今だけの気の迷いだ。どうせすぐ帰りたくなる』
あの日の彼の言葉は、そんな心から生まれた言葉。
拒むように、心に触れられないように。
「……じゃあ、千冬さんはその人のことをまだ引きずっていたりするんですかね」
「さぁ?そんなの俺が知るわけないじゃん」
「そ、それはそうですけど……」
不安から問いかけたことにも、宗馬さんにはバッサリと切り捨てられてしまう。
けど宗馬さんは半分近く空になったペットボトルで、コンッと軽く私の頭を叩いた。
「だけど、そんな千冬のなかに入り込めたんだからキミはすごいんだよ」
「すごい……?」
「そ。一人でいい、そう思ってた千冬の心を溶かすくらいに」
頑なだった千冬さんの、心を。
「それならそれでいいじゃん。指輪がどうとか彼女がどうとか、そんなことより大切なのは今千冬がキミのそばにいることなんじゃないの?」
「宗馬さん……」
「それでもまだ気になるなら、千冬に直接聞けばいい。ちゃんと答えてくれるはずだから」
少し意外に感じた、宗馬さんの励ましにも似た言葉。だけど、誰よりも千冬さんのことを知る彼だからこそ、その言葉は大きくうれしい。
ポケットの中にまだ入れたままの、小さな指輪。だけど大切なのは彼が私の気持ちに頷いてくれて、恋人としてそばにいてくれる『今』。
小さく頷いた私に、宗馬さんはふっと笑って頭をぽんぽんと撫でた。
私は一人っ子だからイメージでしかないけれど、まるで兄のようなその優しさが、またどこか千冬さんと近い雰囲気を感じさせる。