恋宿~イケメン支配人に恋して~
「え?」
「……これの意味を、知りたくて」
なにかと手を出し受け取ると、彼は少し驚いたように指輪を見た。
そんな千冬さんに、私はその場で勢いよく頭を下げる。
「ごめんなさい!偶然部屋でみつけて、驚いて、持って来ちゃって……」
「これ……」
「それ見たら、千冬さんの前の彼女はどんな人だったんだろうとか、千冬さんはまだ彼女のことを引きずっているんじゃないかとか……あれこれ考えちゃって。千冬さんのことを、知りたくて」
けどこうして気まずくなるなら、最初からちゃんと聞けばよかった。自分の口で、たずねればよかった。
「本当に、ごめんなさい……」
頭を下げたまま、声をしぼりだす。
「……あー……だから宗馬ね、納得」
けれど、その次の千冬さんの反応は怒るでも呆れるでもなく、安堵したような予想とは全く違うもの。
「……怒って、ないんですか?」
「怒るっつーか……寧ろ指輪は、どこかにほっぽっておいた自分の管理不足というか」
恐る恐る顔をあげると、彼は一度煙草を灰皿に置き私の頭をぽんぽんと撫でた。
「こんなもの見たら、そりゃ不安にもなるよな。悪い」
怒られるわけでも嫌われるわけでもなく、寧ろ謝られるなんて。
驚き戸惑い、上手く言葉が出てこない。
「でも、前の彼女の話なんて聞いても楽しくないと思うけどな」
「……それでも、教えてください」
確かに、前の彼女の話なんて聞いても楽しくなんてないかもしれない。でもそれでも、知りたい。
そんな私に千冬さんは、小さく溜息をついて笑う。
「前の彼女は……明日香っていって、俺と同じ歳」
「明日香、さん……」
「生まれも育ちも東京で、大学2年の時に一緒になった授業で知り合って、そこから自然と付き合うようになった」
指輪の内側の『A』のイニシャルを見ながら呟く『明日香』の名前。
車の窓の外は、夕暮れに染まり始めている。
「社会人になって、そろそろ結婚でもって考えてた頃に親が亡くなって、旅館を継ぐと決めた時に一度別れ話したんだ」
「それは……彼女を想って、ですよね」
「……あぁ。前にも言ったが俺は遠距離なんて向かない。それにこれから絶対きつくなると分かってたから」
つらい思いをさせるのなら、別れを告げる。それは千冬さんらしいといえばらしいけれど、あまりに寂しい選択。