恋宿~イケメン支配人に恋して~
「けど『別れよう』って言った俺に彼女は『別れない、自分も一緒に行って旅館を支える』って。当時の仕事も辞めて、一緒に来て修行先の旅館で頑張ってた」
「……彼女さん、すごい行動力ですね」
「どちらかというと無鉄砲なタイプだったからな。それでも当然上手くいくことばかりじゃなくて、不安やプレッシャーに心が折れて。いつしか楽しさややり甲斐よりも、『つらい』って気持ちのほうがでかくなっていったんだろうな」
呟きながら千冬さんが手にした、吸いかけの煙草。長くなった灰をトン、と落とすとまたその一本に唇をつけた。
「当時は俺もまだ必死で、自分のことでいっぱいで彼女の気持ちにも気付けなかった。気付けても、支える言葉のひとつもわからなかった。……だから、宗馬は『彼女が逃げた』って言うけど、俺は彼女が出て行ったのは自分のせいだと思ってる」
『そういえば、前にもそう言い切って逃げ出して、千冬を置いていった最低な女がいたっけ』
宗馬さんは、千冬さんを思うあまりに彼女を責めていた。
だけど千冬さんは、違う。自分のせいだと、自身を責めて苦しんでいた。
「心身ともに疲れて、慣れない土地でホームシックにもなって。『帰りたい』って言った彼女に、俺は頷けなかった。……苦しめるくらいなら解放してやりたかったし、それでも自分は逃げるわけにはいかないと思ったから」
「……それで、別れを」
「あぁ。残されたこの指輪は、恋人ひとり支えることも出来なかった自分への戒め。『自分は誰かと一緒に幸せになる資格なんてない』って、言い聞かせるためのもの。……って言っても、お前と出会ってからはすっかり置き去りだったけどな」
『戒め』、ずしりと重い一言が胸を痛くする。
だけど千冬さんは短くなった煙草を消すと、まっすぐに私を見つめた。
「お前が俺に『自分を変えてくれた』って言ったように、俺もお前に変えられてるんだよ」
「え……?」
「愛しいと、想った。守りたいと想った。資格がないとしても、今度こそは、理子のことだけは正面から愛したいと思った」
え……?
私が千冬さんのおかげで変われたように、千冬さんも私のおかげで変われた?
私、を?
私の、ことだけは?
「不器用でほっとけないお前が、変えてくれたんだよ」
見つめる瞳は優しく微笑んで、驚く私の顔を映す。
そして大きな手で私の頬をそっとなでると、額、頬、唇に触れるだけのキスをした。
いつもは厳しく凛とした彼の、甘い愛情表現。