恋宿~イケメン支配人に恋して~
床の間に立派な花が飾られた、小さな応接室。
そこは以前、私がツボを壊した時、そして慎がやって来た時も話をした部屋。……そこでまさか、彼女を迎えることになるとは誰が思っただろう。
「……お、お茶です」
「ありがとー!いただきまーすっ」
恐る恐るテーブルに湯呑みを置くと、その顔はにこっとまた笑う。
目の前の、千冬さんの渋い顔を気にすることもなく。
元彼女……明日香さんの突然の登場に驚きのあまり声も出ず、唖然としたままふたりを見ていた私。
同じく驚いたまま固まっていたものの、そんな私の視線に気付いた千冬さんはあわてて彼女の体を離し、とりあえずと応接室へと通し話をすることになった。
ところがにこにこと明るい笑顔で座るその姿は、『4年前に出て行った彼女』、そう聞いていた話から想像していたものとは真逆の印象だ。
「はーっ、おいしい!仲居さんいいお茶いれるね!」
「……味の違いなんて分からないだろうが。何がいいお茶、だよ」
「わかりますぅー、ただの猫舌な千冬の舌と違って私の舌はグルメなんですぅ」
明日香さんはそう千冬さんに「べーっ」とバカにしたような仕草をしてみるけれど、多分千冬さんの言う通りなのだと思う。実際、このお茶はただの市販のお茶っ葉だ。
だけど、私がやればただの小憎たらしい態度も、愛嬌のある彼女がやれば可愛らしい。
「……千冬さん、私部屋の外にいるので」
「いや、ここに居ていい。ふたりきりより第三者が居た方が俺も話がしやすい」
「え?でも……」
気を遣って席を外そうとしたけれど、自分の隣の座布団をぽんぽんと叩く彼に、断り切れずおとなしく座った。
話を聞いていてほしい、といったその様子はやましいことなどないことの証明なのだろう。
……まぁ本音を言えば、なにを話すんだろうとか気になっていたことは事実だし。
でも話が大きくならないよう、自分が今付き合っている彼女だってことは黙っておこう。
そう心に決め、ちら、と見れば目の前の彼女はにこにこと明るい笑顔。
私が言うのもなんだけれど、とても可愛いとか特別美人とか、そういった顔立ちではない彼女。
だけど、ずっとにこにこしていて雰囲気も明るく、愛嬌があるとはこういう人を言うのだろう。
この人が……千冬さんと付き合っていた恋人。
普段ツンツンとした態度の彼と並んで歩く姿は、少し予想外だ。