恋宿~イケメン支配人に恋して~
「さっきはどうも!理子ちゃん、だっけ?」
「……はぁ、どうも」
「あはは!表情かたーい!笑って笑って!」
淡々と頷く私に、明日香さんはテンション高くけらけらと笑うと私の肩をバシバシと叩く。
「ねぇねぇ、ちぃちゃんの今の彼女って八木ちゃん?それとも他の若い仲居の子?あ、それともおばちゃんの誰か?」
「え!?」
「今の彼女が誰だろうと関係ないけどさ、やっぱり気になっちゃって!」
ここにきて1番目に話したことからか親近感を抱いてくれているらしく、ひそひそと問いかけられる。
八木さんか、他の若い子か、おばさんか……選択肢はいくつも出てくるのに、私が彼女だとは微塵も思われていないんだ。
まぁ、バレないにこしたことはないんだけどさ。微塵も疑われないって、それはそれでどうなの。
「さ、さぁ?聞いたことないですね……」
「へぇ。じゃあやっぱ内緒で付き合ってるのかなぁ」
うーん、と悩んだかと思えばふっと笑う、コロコロと変わる表情。
「でも、相手が誰でも負けたくないなぁ。ちぃちゃんのこと、大好きだもん」
またも迷うことなく言った『大好き』。その真っ直ぐさに、押されそうになる。
「……大好きなのに、逃げたんですか」
押されたくない。そんな気持ちからぼそ、と呟いた言葉。
って、まずい。意地悪い言い方したかも。
まるで宗馬さんが言いそうなちくりと刺す言葉を言ってしまったことに、はっと自分の口元を抑えた。
「……あはは、手厳しいなぁ」
けれど彼女は不快な顔をするでもなく、困ったように笑う。
「大好きだから、逃げちゃったの」
「え……?」
「あっ、明日香ちゃん、こっち来てくれるー?」
「はーいっ」
『大好きだから』……?
その意味を問うように首を傾げたものの、話を遮るように名前を呼ぶ声に、明日香さんはその場を駆け出した。