恋宿~イケメン支配人に恋して~
その心は私にはよく分からないけれど……とにかく前向きで、アグレッシブな人だ。
どこまでも自分と真逆な人だとつくづく思う。
ふう、と小さく溜息をつくと後ろからはコツコツと聞こえる靴の音。
サンダルのような軽装草履を履く仲居たちのなかで響く革靴の音から、誰が近付いてきたのかはすぐに予想が出来た。
「理子、今手空いてるか?」
「……はい、大丈夫ですけど」
それは予想通り千冬さん。彼は私に声をかけると別館のある方向を指差す。
「別館の倉庫に備品の在庫を取りに行く。量が多いから手伝ってほしい」
「わかりました。八木さん、ちょっと行ってきます」
「はーい」
頼まれるまま、千冬さんの後について別館へ向かって歩き出す。
宴会準備や夕食の準備などに追われるこの時間、別館のほうにひと気はあまりなく静かだ。
「備品っていうのは」
「おしぼりと割り箸、それと鍋用の固形燃料だ。いつもは2、3箱くらいなら台車で一気に運ぶんだが、今誰かが使ってるみたいでな」
どれもいつもそれなりの個数を消費するものばかり。確かにそれは運んでおかないと困るかも。
そう歩いていくと、不意に千冬さんは口を開く。
「……悪かったな」
「え?」
「明日香のこと。……すぐ諦めるだろうとはいえ、いい気分ではないだろ」
自分が折れ頷いてしまったことを悪いと感じているのだろう。隣を歩く彼は申し訳なさそうに頭をかく。
「別に、千冬さんのせいじゃないです。それにいい人そうですし」
「まぁ……悪い奴ではないんだけど。良くも悪くもポジティブっていうか」
だからこそ余計強く断ることも出来なかったのだと思う。