恋宿~イケメン支配人に恋して~
「このご時世、働けるだけありがたいと思いなさい。あなたの代わりなんていくらでもいるんだから」
私の、代わりなんて。
それだけ言い残すと、先輩はプリントを数枚私のデスクに叩きつけフロアを出て行く。
「……うわ、きっつ。怖」
「けど吉村も可愛げないからなぁ、余計きつくあたりたくなるんだろ」
一部始終を見ていたらしい背後の男性社員たちの、ひそひそと話す声が聞こえる。
それを無視して、またパソコンに向かい直した。
代わりなんていくらでもいる、か。
なら私に頼まなくていいじゃん。他の、もっとよく出来る人に頼めばいいじゃんか。それにミスなんて、気付いた人がさり気なく直せばいいのに。
……まぁ、そもそもミスしなければいいんだけどということも分かっている。
バカな私は、いつもこう。常に代わりのいる位置にいる。
学生の頃は、人気者でも嫌われ者でもないただのクラスメイトA。文化祭で劇に出れば、目立つ主役でも頑張る裏方でもなく通行人Bの役。
良くも悪くも、可も不可もなく、大勢の人にすぐ埋もれる。
ドラマチックな出来事もなく、運命的な出会いもない。恋愛ドラマや漫画の主人公になんてなれない、そんな私の人生。
いつしか『こんなものだ』と諦めて、何事も適当になげやりになっていた。
もっと可愛げがあって、さっきみたいな時にも『すみませ~ん』って甘えるように言えたら違うんだろうか。
……いやいやいや。無理、キャラじゃないし。彼氏にすらも可愛く甘えるなんて出来ないのに。
「……はぁ、」
そんな自分にまたひとつ、溜息がこぼれた。