恋宿~イケメン支配人に恋して~
「……ん、……ちゃん、……理子ちゃん!」
「へぁっ!?」
突然呼ばれた名前にはっとした瞬間、手元の皿は床に落ちパリンッ!と音が響いた。
「あー……すみません」
「あらあら。大丈夫? 」
「大丈夫です、ほうき持ってきます」
足元に散らばった青と白の皿の破片。大きいものを簡単に片付けると、ほうきで細かいものをまとめようと近くの倉庫へと向かう。
……はぁ、私のバカ。
昼間、明日香さんと話をしてから数時間。夜の仕事の締めである、宴会の片付けの真っ最中。
仕事中だというのにどうも身が入らず、ぼんやりとしてばかりいる。
思い出されるのは、昼間の明日香さんの笑顔。
……好き、って言ってくれた、か。
思えばこれまで千冬さんの口から『好き』なんて聞いたことないや。
気持ちを疑っているわけじゃない。ちゃんと好きでいてくれているのもわかる。
だけど、彼女には与えた言葉を私には与えられない?
やっぱり、明日香さんのほうが大きいのかな。
千冬さんにとっても、旅館にとっても、私より明日香さんのほうがいいんじゃ……あぁ、また嫌なことばかり考えている。
「……はぁ」
溜息をついて、廊下の端にある倉庫のドアを開ける。
するといつもは電気の消えているその部屋には電気がついており、見れば奥で脚立をしまっている千冬さんがいた。
「あれ、どうした?理子」
「あ、千冬さん……」
どうも気まずく、顔を背けてしまう。ところがそんな私の明らかな態度がまずかったのだろう、彼はなにかに気付いたように私へ近付く。