恋宿~イケメン支配人に恋して~
「二部式着物はね、上と下が別々だから動きやすいし着付けもしやすいんだよ。まず長襦袢を着て、下のスカートのほうを巻いて」
説明しながら、薄手の長襦袢を着せ、彼女の着物と同じ淡い緑色のスカートを私のウェストにきゅっと巻く。
「にしても昨日は大変だったね。あのあと、千冬さんにすっごい叱られたでしょ」
「……はい。怖すぎです、あの人」
「お客様には優しいんだけどね、それ以外には容赦無いの」
ふふ、と笑いながら上衣を着せ、マジックテープで留め、と八木さんは手際よく私に着物を着せていく。
そして最後に白い帯を簡単につけると、目の前の鏡に映る私はたちまち彼女と同じ格好になった。
「わ……すごい。簡単に着られた」
「でしょ?あ、髪の毛もまとめてね、出来ればお団子がいいかな。前髪も少し長いから分けて留めて……」
茶色い髪を言われたように頭のてっぺんでお団子にまとめ、前髪を右わけにして黒いピンでとめる。
着物なんて、成人式ぶり?
夏に浴衣すらも着ない私にはとても新鮮な着物。二部式?だっけ。こういう簡単に着られるものもあるんだ。
確かに普通の着物で一日仕事なんて苦しいもんね。女将さんとかなら仕方ないのかもしれないけど……。
あれ、そういえばこの旅館って女将さんっていないのかな。支配人とはいえ、全て芦屋さんひとりが決めているように見えたけど。
「あの、ここって女将さんっていないんですか」
頭に浮かんだ疑問をそのまま声に出す私に、八木さんは私のうなじのおくれ毛をピンで留めながら鏡ごしに頷いた。