恋宿~イケメン支配人に恋して~





「可哀想、……か」



倉庫から解放され、ひとり本館1階の廊下を歩く。思い出したように右手を見れば、少し腫れ赤くなってしまっている。

……あれだけ思い切り壁殴れば、赤くもなるか。



怖がらせてしまっただろうか、余計追い込んでしまっただろうか。涙をこぼす顔を思い出すと、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。



『元カノが可哀想だとかそういう気持ちは捨てる!』



可哀想、確かにそう思う気持ちがあったことも事実。



あの頃支えきれず、自分の力不足のせいで帰ってしまった彼女。俺が悩み悲しんだのと同じくらい、彼女も悩み悲しんだのだろう。

もう気持ちはないといえ、過去の気持ちやそういった重なる心情から、『ダメだったら諦めろ』と要するにここにいること自体は許可をしてしまったけれど。

きっとそれが原因で、今度は理子の心を不安定にしてしまった。



愛したいと、守りたいと誓ったのに。結局俺は、理子も、明日香も、自分も、大切にしようとしていただけだった。

なにかを大切にするには、なにかを断ち切らなければいけないこともあると、分かっていたのに。



「ちーぃちゃんっ!」

「うぉっ!!」



すると突然、背後から腹部にタックルするように抱きつく腕。

それは丁度いいというかなんというか……明日香で、仕事を終えたところなのだろう彼女は先程の騒ぎのことも何一つ知らず俺にベタベタとくっつく。



「明日香……ちょうどよかった。話がある」

「え?話?」

「ふたりで、話そう」



真剣に言った言葉に、内容をどことなく察したのか、最初は笑顔だったその顔がみるみるうちに真面目なものに変わる。



「……うん、」



力の緩んだその腕をそっとほどき、俺は明日香とふたり別館に向かい歩き出した。



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