恋宿~イケメン支配人に恋して~
21.ここから
『……本気で言ってるのか?』
低く響いた声と鋭い目が、耳から、まぶたの裏から離れない。
怒り、苛立ち、呆れ、様々な気持ちの入り混じった瞳が。
「……はぁ」
ふわ、と吹いた涼しい風が私の黒い毛先を揺らす。
倉庫を飛び出した私は、別館の端にある裏口で座り込みひとり溜息をついていた。
ここはひと気もないし、部屋にこもるよりは気持ちが軽い。それに……千冬さんとの距離が近付いたこの場所のほうが、少し冷静に彼のことを考えられる気がした。
「千冬さん……怒ったかな」
怒った、よね。あんなに力強く壁を殴る姿、初めて見たもん。
怒られて当たり前かもしれない。彼の心を、疑うような言い方をしたのは私だ。
……明日香さんのほうがいいとか、千冬さんの心が簡単に変わるとか思っていない。思いたく、ない。
だけど、不安は消えない。
苦しい。好きなのに、好きだから、悲しい。
『好きだよ』『代わりなんていない』『お前だけだ』、そんな言葉を勝手に望んで、貰えなかったからってへこんでいる。そんな自分が嫌。
だからって、千冬さんにあんな言い方して……本当にバカ。
考えるうちに、一度は止まったはずの涙がまたポロポロとこぼれだす。
「っ〜……」
頭のなか、ぐちゃぐちゃ。
なにが大切か、なにをどうしたいのか、自分でもわからない。こうしてまた、すぐに見失ってしまう。
両手で拭ってもまたこぼれる涙に、声を抑え泣いているとザッ、と聞こえた足音。
「あれ、そんなところでなにしてんの」
「宗馬、さん……」
その声に顔を上げるとやってきたのは宗馬さんだったらしく、彼は不思議そうにこちらを見る。