恋宿~イケメン支配人に恋して~

21.ここから






『……本気で言ってるのか?』




低く響いた声と鋭い目が、耳から、まぶたの裏から離れない。

怒り、苛立ち、呆れ、様々な気持ちの入り混じった瞳が。



「……はぁ」



ふわ、と吹いた涼しい風が私の黒い毛先を揺らす。

倉庫を飛び出した私は、別館の端にある裏口で座り込みひとり溜息をついていた。



ここはひと気もないし、部屋にこもるよりは気持ちが軽い。それに……千冬さんとの距離が近付いたこの場所のほうが、少し冷静に彼のことを考えられる気がした。



「千冬さん……怒ったかな」



怒った、よね。あんなに力強く壁を殴る姿、初めて見たもん。

怒られて当たり前かもしれない。彼の心を、疑うような言い方をしたのは私だ。



……明日香さんのほうがいいとか、千冬さんの心が簡単に変わるとか思っていない。思いたく、ない。

だけど、不安は消えない。

苦しい。好きなのに、好きだから、悲しい。



『好きだよ』『代わりなんていない』『お前だけだ』、そんな言葉を勝手に望んで、貰えなかったからってへこんでいる。そんな自分が嫌。

だからって、千冬さんにあんな言い方して……本当にバカ。



考えるうちに、一度は止まったはずの涙がまたポロポロとこぼれだす。



「っ〜……」



頭のなか、ぐちゃぐちゃ。

なにが大切か、なにをどうしたいのか、自分でもわからない。こうしてまた、すぐに見失ってしまう。



両手で拭ってもまたこぼれる涙に、声を抑え泣いているとザッ、と聞こえた足音。



「あれ、そんなところでなにしてんの」

「宗馬、さん……」



その声に顔を上げるとやってきたのは宗馬さんだったらしく、彼は不思議そうにこちらを見る。



< 318 / 340 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop