恋宿~イケメン支配人に恋して~
「丁度良かった。俺家にアパートの鍵忘れちゃってさ、千冬いる?」
「ち、千冬さんなら中に……」
「ところでキミはここでなにして……ってあれ、泣いてる?」
ぐしゃぐしゃな顔と震える声から、すぐに分かってしまったのだろう。涙を隠すように俯くものの、宗馬さんは私の顔を覗き込む。
「……なんでもないですから。千冬さんなら奥にいます」
「……どう見ても、なんでもなさそうではないでしょ」
どうしたの、とでも言うように、大きな手は私の頭をぽんぽんと優しく撫でた。
その優しさに心の糸は一気に緩み、涙は更にぼろぼろとこぼれ出す。
「っ〜……う〜っ……」
「って、うわっ!?号泣!?」
なんでもなく、ない。ごちゃごちゃなままの心を聞いてほしい。
子供のように泣きじゃくる私に、宗馬さんは隣へ座ると宥めるように背中を撫でる。
大きな優しい手。だけど、千冬さんとは違うもの。
「で?千冬と喧嘩でもした?」
……鋭い。
早速核心を突くその一言に、小さく頷く。
「どうせこの前みたいなこと言って元カノとあれこれ比べたりして、千冬に八つ当たりみたいな言い方したんじゃないの?」
「うっ……」
「あーあ、それじゃ何のために俺が励ましてあげたんだか」
ご、ごもっともで……。
何も反論出来ず黙る私に、一瞬優しいように感じていた宗馬さんはやはりいつもの様子で、呆れたようにため息をつきながら頬杖をついた。
「明日香さんから千冬さんと付き合ってた時の話とか聞いたりして……明日香さん、千冬さんに好きだって言われたことがあるって言ってたんです」
「へぇ、あの千冬がねぇ。で?キミは?」
「……あったら千冬さんに当たったりしません」
「だよねぇ」
親身に話を聞いてくれているのか、バカにしているのか……あれ、もしかして宗馬さんに話を聞いてもらおうとしたのが間違いだったのかもしれない。
はは、と乾いた笑いをこぼすと、気付けば涙は止まっていた。
「つまり、元カノと比べて自分の価値のほうが低いんじゃないか、とか?バカだねー、そんなのそもそも比べることじゃないのに」
「うっ……」
「千冬とあいつの過去になにがあっても、過去は過去。だけど“今”はいくらでも紡いでいけるんだよ?」
今は、いくらでも……。
前向きなその言葉は、普段意地悪な宗馬さんの顔には少し不似合い。だけど、希望のある一言だと思った。