恋宿~イケメン支配人に恋して~
「うん。うちは仲居しかいないよ。だから接客から経営関係まで、そういった仕事は全部、千冬さんがひとりでやってるの」
「芦屋さんがひとりで?」
「人にはもちろん自分にも厳しい人だから。支配人である自分が出来る仕事を、誰かに任せたりするのは嫌みたい」
確かに……見た感じ、自分にも厳しそうな人だ。
だけどまだ若いであろう男性がひとりで旅館を経営するなんて、簡単なことじゃないだろうことくらいわかる。
それでもやってしまうのだから、彼はそういう人なのだろう。
怖いというイメージばかりがついてしまうけれど、経営者ゆえの怖さと厳しさなんだろうか。
「よし。千冬さーん、終わりました」
「おー。さすが八木、早いな」
身支度を終え、八木さんが声をかけると芦屋さんはすぐさまガチャッとドアを開ける。
そして私へと視線を向けると、上から下までをまじまじと確認した。
「ま、似合わないこともないな。本来ならその茶髪も真っ黒に染めさせたいところだがそれは後々で許してやる」
「今だろうと後だろうと染めませんけど」
「なら縛り上げてでも染めさせる。時間だ、行くぞ」
この人、今しれっと恐ろしいことを言った気がする……。
そんなことを思いながら後をついて歩くと、やって来たのはフロントの奥にある『事務所』と書かれた部屋。
「おはようございます、ご苦労様です」
芦屋さんがそう言いながらガチャッとドアを開けば、デスクやパソコンの並ぶ至って普通の事務所の中ずらりと並ぶ10名前後の人々。
若い女の子もいるけれどそのほとんどは中年の女性で、皆私や八木さんと同じ淡い緑色の着物を着ている。
ということは……この人たちが仲居さん。あ、確かに昨日花瓶を割ってしまったときに駆けつけてきた人もいる。