恋宿~イケメン支配人に恋して~
「あの野郎……」
「宗馬さんらしいといえば、らしいですけど……」
修羅場のような空気が、一瞬にして静けさに変わる。
石段に座ったままちら、と見上げれば、同じタイミングでこちらを見た彼と目が合う。けれどまだ恥ずかしさが消えないのか、千冬さんは頬を赤くして目をそらした。
「……千冬さん。あの、さっきの」
「あーもういい!触れるな!忘れろ!!」
あえて触れた話題に彼はさらに耳まで赤くして、いじけるように私の隣へドカッと腰を下ろした。
そして少しの間黙り込む彼の黒い髪を、夜の風がふわりとなびかせる。
「……明日香と、話した」
「え?」
「ちゃんと断って、帰らせた。……明日香のことでお前を不安にさせていたなら、ごめん」
不意に開かれた口からは、彼の気持ちがこぼされる。
明日香さんと、話して……。
明日香さんの心を思うと、胸が少し苦しい。けど、千冬さんが私のために誤魔化したり流したりせず話をしてくれたことが、嬉しい。
ごめん、だなんて。何も悪くないはずの彼からの言葉に、私も小さく頭を下げる。
「……私こそ、ごめんなさい。千冬さんの気持ちを疑ってたわけじゃないんです。……ただ、色々比べちゃって」
「……バカ」
すると千冬さんはこちらを向き、両手を頬に添え私の顔を上げさせた。
「お前がなにをどうあいつと比べてへこんでるんだから知らないけどな。比べる必要なんてない」
「本当、ですか?」
「あぁ。確かにお前は無愛想だけど、不器用なだけだって分かってる。笑えばめちゃくちゃ可愛いし、照れてる顔見るとくすぐったくなる。努力もするし、相手のことも俺のことも見て接することが出来る」
まっすぐに目を見て教えてくれる。そのひとつひとつが、彼が私を見てくれている証。
「こんなにも、俺を夢中にさせてるんだよ」
添えたままの手は、そっと私の頬を撫でた。愛おしむように、愛を伝えるように。
「お前はさっき俺のことで知らないことばかりだって言ってたけどな、俺だってお前のことなんてまだ少ししか知らない。理子がなにを好きで、なにが苦手かなんて知らない」
「言われてみれば……」
「けど、これから知って行くんだろ」
『これから』、それはさっき宗馬さんも言っていた、今紡ぐ先にあるもの。
広がる未来に、あるもの。