恋宿~イケメン支配人に恋して~
*7(番外編)
22.明日のために【side明日香】
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『好きなんだ、彼女のことが』
小さなその一言を胸の奥に残し、荷物を詰め込んだボストンバッグを手に旅館を出た。
『新藤屋』、そう書かれた看板に背を向けて。
「……やっぱりダメだった、か」
溜息まじりに呟くと、情けない自分の声だけが静かなその場に響いた。
別れた恋人にまたやり直してもらおうという考えが、そもそも甘かったのだろう。
帰った東京であれこれ学び直して、勇気をだして数年ぶりに戻ってきたこの街。だけどそこでは、元恋人は新しい彼女と新しい日々を始めていた。
……分かってた、けどさ。
“ちぃちゃんに、彼女がいませんように”。
そう祈って戻ってきたけど、それが叶わないことはちぃちゃんに会ってすぐ分かった。だって、表情が全然違うんだもん。
あの頃と状況的に余裕があるからというのもある。けどそれとはまた違う、どこか柔らかな雰囲気が誰かの存在を感じさせた。
それでもやっぱり諦めたくなくて居座ってみたけど……あれだけしっかり言われたら、ね。
「……はぁ、」
とりあえずタクシーを呼んで街に向かおう。相変わらずの交通の不便さを感じながら、私はバッグから携帯を取り出した。
その時、チカッと照らす車のライト。プッ、と小さく鳴らされたクラクションに『なんだろう』と運転手の様子を伺えば、そこにいたのは見覚えのある茶髪の細身の男の子……宗馬くんだ。
「あれ?宗馬くん!久しぶりー!元気だった!?」
「……ちょっと、時間考えてよ。うるさい」
「あはは、ごめーん!どうしたの?あ、仕事順調?妹ちゃん元気?宗馬くん彼女出来た?」
数年ぶりに会う、ちぃちゃんの幼馴染。それもあってペラペラと次から次へと質問をぶつける私に、宗馬くんは心底うんざりとした顔をする。
「ねぇ、本当声うるさい。話するなら車乗って」
「え?」
「どうせ街まで出るんでしょ。ついでだから、運んであげる」
それはつまり……送ってくれるってこと?
相変わらず素直じゃないけど優しい人だよねぇ。
そんな彼にふふ、と笑いながら車の助手席へと乗り込むと、車はゆっくりと走り出す。