恋宿~イケメン支配人に恋して~
「こんな時間まで仕事だったの?」
「いや、千冬のアパート行こうと思ったんだけど鍵忘れてさ。千冬のところに取りに行ったら、あの不器用カップルのいざこざに巻き込まれたから千冬に恥かかせて帰ってきた」
「えーと、よく状況はわからないけどとりあえずちぃちゃんの怒ってる顔だけは想像できた」
にこりともせず話される内容に、私はあははと笑った。
「……けど、本当だったんだ。厚かましく千冬に復縁申し込みにきたって」
「うん。あっさりフラれちゃったけど」
「そりゃそうでしょ」
宗馬くんの言葉は、相変わらず辛辣。だけど気休めや慰めとか、余計心が苦しくなるような言い方はしない人だから。話していて気持ちいい。
けれど、そんな私の抱く気持ちとは真逆なのだろう。宗馬くんは一切こちらを見ることなく、まっすぐ前を見たままアクセルを踏み続ける。
「どのツラ下げて、今更戻ってきたわけ」
「……あはは、手厳しいなぁ」
「あんたのせいで千冬がどれだけ苦しんだか分かってる?悲しくて、悩んで、仕事で紛らわせようとして倒れたこともあった。それほど、あんたは千冬を苦しめたんだよ」
容赦なく言われる、厳しい言葉。
それは、宗馬くんがちぃちゃんを思っているからこそ、そのちぃちゃんを残しここを去った私にぶつける怒り。
責められることも、怒られることも、予想していた。……ううん、むしろ。
「……ちぃちゃんもそれくらい、私を責めてくれたらよかったのにね」
「え?」
お前のせいで、なんで今更。そう強く責め立ててくれれば、その思いに対して謝ることが出来る。その心に、まだ自分がいたのだと知ることが出来る。
「怒って責めてくれたらって思ってたのに……全然なかったの。その時点でもう、憎しみも悲しみもない私は、過去の人になってるんだなって思い知ったよ」
だけどちぃちゃんはやっぱり優しくて、冷静に私を受け入れてくれた時点で、知ったよ。
その心にいるのは、私じゃないこと。
今彼の心を動かし、支えるのは私じゃない。私との思い出でもない。
ちぃちゃんのことをしきりに気にかけていた、無愛想なあの子なのだと。
ちぃちゃんは、逃げたことを悪いことじゃないって言ってくれた。けど、それでも思うよ。