恋宿~イケメン支配人に恋して~
「千冬」
「ん?」
そんな千冬を呼び止めて、伝えた一言は。
「お幸せに」
短い、精一杯の祈り。
「……おう」
千冬はふっと笑って頷くと、その場を後にした。
ガキの頃から、なにかと常に目的を持って動いていた。そのために努力をして、頑張っていた。
そんな千冬と比べて、用意された場所でなんの疑問も抵抗もなくやってきた俺は、自分にはなにもないと思っていた。
『それだけでちゃんと、宗馬さんだって努力してることわかるから』
だけど、あの日彼女がくれた言葉が、柄にもなく心に響いている。
今、ここにいる。今日の自分が出来ることを、胸を張ってやっていこう。
そう思うと、不思議と優しくなれてしまうもので。
千冬によって変わった彼女、その彼女によって俺が変わり、それがまたあいつに繋がればいいと思う。
千冬の苦労や努力を知っているのと同じくらい、明日香の努力も知っていた。
だからこそ俺は、それも捨てて去っていったあいつが余計許せなかったんだ。
『過去は過去』。その言葉はきっと、俺が俺自身に一番言い聞かせたかった言葉。
今を生きろ、と。過去を責めても誰も守れないと。俺もようやく進むための一歩。
『……いつか千冬よりもっといい奴見つけて幸せになったら、連れてきな』
『え?』
『その頃にはきっと、笑ってこの街歩けるはずだから』
頑張れ。笑え。そして、目一杯幸せになれ。
『っ……うん、またね!』
手を振り歩き出した彼女は目にいっぱい涙を浮かべ、笑っていた。
end.