恋宿~イケメン支配人に恋して~
「ちょっと千冬くん!昨日田中さん事故にあったんですって!?」
「どうなの!?生きてるの!?」
「生きてます。それに関しては今から説明しますのでお静かに」
芦屋さんを見た途端わーわーと騒ぎながらあれこれと質問をぶつける仲居さんたちに、芦屋さんは宥めるように冷静に言うと彼女たちを静めた。
「ご存知の通り、昨日仲居頭の田中さんから事故にあったと連絡がありました。幸い骨折で済んだから自宅療養で済むとのことですが、一ヶ月は休みが必要だと」
「一ヶ月!オフシーズンとはいえ田中さんほど動ける人がいないのはつらいねぇ」
「えぇ。そこで丁度よく居合わせた奴を短期バイトとして雇いましたので、それで穴埋めで。よろしくお願いします」
芦屋さんがちら、とこちらを見ると、それにつられたように全員の視線がこちらに一気に向いた。
『じっ』、その音がぴったり当てはまるほどの視線。上から下まであまりに見られすぎて、穴があきそう。
「あぁ、昨日の……300万の子」
「あの花瓶壊しちゃった子でしょ?よりによってあれをねぇ……」
「……」
うっ……おばさんたちの哀れみの眼差しが痛い……。
昨日出迎えてくれたにこやかな表情が嘘のよう。……まぁそれは芦屋さんも同じだけどさ。
「ほら新人。挨拶」
「……吉村です。よろしくお願いします」
愛想なく呟き小さく頭を下げると、まばらに聞こえた拍手。歓迎する、というよりはよそから来た若者をどんな人間なのかを探っているものに感じられた。
「話は以上。各自朝の仕事にとりかかってくれ」
簡単に話を終わらせると、芦屋さんの指示にそれぞれに事務所を出て歩き始めた。