恋宿~イケメン支配人に恋して~
24.誓いのキスを【side八木】
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「八木ちゃん、お疲れ様!気をつけて帰ってね!」
「はい、お疲れ様でした」
夕日が沈む、夜19時前。
今日は昼からこの時間までだった勤務時間を終えた私は、制服である着物から私服に着替える。
今日も1日、よく働いた。
きっちりと結んでいた髪をばさっとほどくと溢れる開放感に、ふぅと息をひとつ吐き出した。
八木結菜、29歳。独身。
気付けばここ新藤屋で働いて10年を迎え、仲居のなかでもベテラン組になっていた。
高校を出た後に、地元で就職をしようと求人で見つけたこの旅館。
元々飲食店でバイトをしていたこともあって接客業は好きだったし、この旅館の居心地もいい。いろいろと苦労はあれど、まぁ楽しく毎日を過ごせている。
身支度を終え、バッグから取り出したピンク色のスマートフォン。そこには『受信メール1通』の文字。
「メール……?」
誰からだろう、とメールを開くとそれはここから車で30分ほどの距離にある実家にいる母からのメール。
書かれていたのはなんてことない用件。それに加え『お向かいの家の陽子ちゃんに赤ちゃんが生まれました。仕事熱心もいいけどお母さんも早く孫が見たいです』の文……。
「……孫、ねぇ」
その一言に返信する気も起こらず、スマートフォンをしまうと私は旅館を後にした。
仕事仕事で毎日忙しく、月日が流れるうちに私も30歳近く。周りはみんな結婚しているし、子供だっている。
私だって結婚願望がないわけじゃないし、むしろしたいと思ってる。相手もいないわけじゃない。
……けど、『結婚』という言葉はきっとまだまだ遠いだろう。