恋宿~イケメン支配人に恋して~



「あ、八木ちゃんごめん!おかずひとつ足らなかったみたい!」

「じゃあ私厨房に取ってきます」

「ごめんねー!お魚ひとつね!」



他の仲居にそう声をかけられ、私は急ぎ足で地下にある厨房へと向かう。



魚ひとつ、魚ひとつ……。

今日は絢斗も朝からだから厨房にいるかな。厨房の早番は仲居の早番よりも朝早いから起きるのつらいんだよねぇ……。

そして絢斗は朝弱いからなかなか起きないし動くのは遅いし……結局朝から大騒ぎっていう。



『ほら遅刻する!早く準備して!』と今朝の大騒ぎを思い出しながら、つい遠い目になってしまう。

室内履きの草履をパタパタと鳴らし早足で歩き、やってきた厨房の奥から聞こえてきた声。



「はー、朝の仕事終わりー!絢斗、今日は昼食会の予約があるから少し休んだら仕込み始めるぞ」

「……はーい」



それは厨房で働く島崎さんの太い声と、絢斗の小さく細い声。対照的なふたつの声は、私に気付くことなく話をする。



「そういや絢斗、今度飲み会あるんだけどお前もどう?」

「……島崎さんの言う飲み会、大体合コンだからやだ」

「その通り!お前顔いいから女の子喜ぶんだって〜」



って島崎さん……私が絢斗と付き合っているって知らないからって、なに誘っているわけ!?

確かに絢斗は女の子みたいな綺麗な顔をしてるけど、自分がモテないからって絢斗をダシにするなんて!



「俺、彼女いるって言ったじゃないすか」

「はいはい、付き合い長い同棲中の年上彼女だっけ?いいよなー、毎日帰ったら彼女がいて手料理があってラブラブして……あー!羨ましい!」



彼女のいない島崎さんは、本気で羨むような言い方で嘆く。

スポーツマンタイプで決して顔も悪くはないと思うんだけど……聞けば島崎さんは理想が高いんだとか。だからなかなか彼女が出来ないし、出来てもすぐ別れてしまうそう。

まぁ確かに、同棲=毎日ラブラブし放題、という考えがまず夢を見過ぎだとも思う。



……早くおかず受け取って戻ろう。



「……すみませ、」

「けどさぁ、お前彼女と結婚とかはしないわけ?」

「っ!?」



ところが島崎さんの突然の一言に、『すみません』と言いかけた声もつい引っ込んでしまう。



結婚って……いきなり何を聞いてるの!?

島崎さんとしては自然な流れの話題だったのだろう。けど、つい先ほどまでその話で悩んでいた私の心臓はビクッと跳ねてしまう。


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