恋宿~イケメン支配人に恋して~
「……なんすか、いきなり」
「だってもう何年付き合ってるんだよ。年上ってことは彼女もそこそこの歳だろ?相手だって考えてると思うぜ?」
し、島崎さん……余計なことを、とも思う反面、ナイスな突っ込みを入れてくれたとも思う。
もしかしたら、絢斗の本音が聞けるかもしれない。そこそこ会話をするくらい、島崎さんには割と心を開いているっぽいし……。
そうコソッと聞き耳を立てると、聞こえてくるのは絢斗の小さな溜息。
「……結婚は、まだ」
「へ?なんでだよ」
「別に。なんでもいいじゃないすか。今のままでも不便ないし」
「不便って、お前なぁ……」
『まだ』、?
まだって、なんで、どうして?
今のままでも、って。私と結婚したいって気持ちはないわけ?
……そう、だよね。別に結婚なんてしなくたって、今のままでも家のことは私がするし、ていうか結婚したからって何かが変わるわけでもないし。
わかる。わかるけどさ、でも。
それってあまりにも、寂しいよ。
「……島崎さん。お疲れ様です」
「!、結菜」
「おう、八木ちゃん。どうかしたか?」
しぼりだした声で話しかけると、絢斗は私がいるとは微塵も思わなかったのだろう。珍しく驚いた顔をしてみせる。
それに気付く様子もなく、島崎さんは私を見て首を傾げた。
「魚、ひとつ足らなかったみたいで」
「あ、そうだろー?一個だけ置きっ放しにされててさ、今持って行こうと思ってたんだよ」
朝食のメインでもある焼き魚がのった皿を受け取ると「ありがとうございます」とその場を足早に去ろうと歩き出す。
けれど、私のそっけない態度から話を聞いていたことをさとったのか、絢斗は厨房の奥から出てくると私の後を追ってきた。
「結菜、今の話……」
「……絢斗の気持ちはよくわかった。もういい」
「待ってって。話を……」
呼び止めるように腕を掴んだ絢斗の手。それは、幼いあの頃より大きい男の人の手。
けれど変わらず頼りなく、私はそれを思い切り振り払った。
「私ひとり……結婚のこと考えてて、バカみたい」
「……結菜、」
「まだってなに!?8年付き合って、いつになったならいいの!?不便がないとかあるとかっ……そんなことより大事なのは『したいって思えるか』じゃないの!?」
誰かに聞こえてしまうかもしれない。けど、荒げた声は収まらず力一杯ぶつかっていく。
「っ……もう知らない!!」
「あっ……結菜!!」
そのまま逃げ出すように駆け出した私に、絢斗はそれ以上追うこともなく、ふたりの距離は離れていく。
あぁ、また感情的にぶつかっちゃった。
私ね、時々思うんだ。理子ちゃんみたいな子だったら、絢斗も放って置けなくてもっと真剣に考えてくれるのかなって。
理子ちゃんみたいに、不器用で可愛くて、強いようで弱い、そんな女の子だったら。
あれもこれもひとりで出来て、可愛げもなく強い。そんな私だから、絢斗は結婚する必要とかそばにいてあげたいとか、そういう気持ちが持てないのかな。
……泣くな。泣くな、泣くな。
自分に言い聞かせ、なんとか堪えられる涙。けれど鼻の奥がツンと痛んで、胸の奥がぐっと締めつけられるのを感じた。