恋宿~イケメン支配人に恋して~
25.未来のハナシ
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走る車の窓から見れば、外には緑の山々と青い空が広がっている。
ビルばかりの地元とは真逆のその景色に、俺は外を見て「わぁ……」と声をこぼした。
「うんうん、この景色。前に来た時と変わらないなぁ」
「何年ぶり?大樹が5歳の頃だから……あらやだ、13年も経ってる」
運転席でハンドルを握る父さんと、助手席に座る母さんは懐かしそうに笑うと、後部座席の妹二人は景色も眺めずにくすくすと笑った。
「あの時大樹兄、反抗期だったんでしょー?」
「旅館の中逃げ回ったんだって。かわいー」
「うるせーぞ!双子!」
母さんから聞いたのだろう。13年も昔のことをからかうように言うふたりは、あの頃の純粋無垢な可愛さはどこへやら。生意気で可愛げの欠片もない。
……まぁ、事実だけど。
幼心にぼんやりと覚えている思い出。家族旅行で泊まった古い旅館で、双子ばかり構う親に嫉妬して反抗して、旅館の中を駆け抜けた。
そんな俺を救ってくれたのは、淡い緑色の着物を着た、若い仲居。
顔もまともに覚えていないけれど、とにかく愛想が悪かったことだけは覚えている。
それと、あの人がくれた言葉。
『寂しい気持ちも、好きな気持ちも、言わなきゃ伝わらないから』
「……つーか、あの旅館まだやってんの?潰れたりとかしてない?」
「してないわよ。寧ろサービスも雰囲気も最高って旅行雑誌に載るくらいの大人気旅館。今回も予約取るの大変だったんだから」
「へー……」
助手席から母さんが見せてくる旅行雑誌には『伊香保の街特集』『大人気の老舗旅館・新藤屋』の文字と、どこか見覚えのある気もする旅館の外観や景色の写真が載っている。
「予約する時にホームページで見たんだけどね、女将として載ってた写真があの時の仲居さんだったの!きっとあの支配人さんと結婚したんだよね、すごいなぁ」
「若いけど芯のある人だったもんなぁ。俺や母さんにもビシッと言ってくれてなー」
「女将になるってすごいのー?」
「当然。礼儀作法から知識まで、いろんな勉強が必要なんだから」
あの時の仲居が、女将に……。初めて聞いたその話。けれどあの時の彼女なら、自然と驚きもなく寧ろそうだろうなと納得できる自分がいた。