恋宿~イケメン支配人に恋して~
「おはよう、朝から頑張るねぇ」
にこにこと声をかけるのは、席に座る老夫婦のうちおじいさん。
白髪頭のおじいさんは「……はぁ」と愛想なく頷く私にもにこにこと、明るい笑顔で話を続ける。
「美味しそうな朝食だねぇ、これは何の魚かな?」
「魚?あー……マグロじゃないですか、たぶん」
「マグロ?そうか、美味しそうだねぇ」
いや、知らないけど。魚なんて見た目、ましてや切り身じゃわかんないし。適当に頷くと、広間の外へ戻った。
「理子ちゃん、次これ。奥のお客様に」
「はーい」
休む間もなくまた渡されるおぼんを受け取り、席へ向かいごはんを置いて戻る。
それらを繰り返し、広間を歩きながら見れば、周りでは「おはようございます」とにこやかに挨拶をする仲居さんたちの声が響く。
皆朝から元気だな……こんな時間からにこやかになんて、私には出来ない。普段でさえも出来ないのに。
「わーい!ごはんごはんー!」
「わっ」
すると走ってきた小さな女の子がどんっと軽く私にぶつかりながら、無視をしてまた広間を走る。
なんなのあの子供……。思わず露骨に嫌な顔をして、子供を睨んだ。
「ったく……」
溜息混じりに歩き出すと、目の前のお客さんのグラスがからになっているのが目にはいる。
底に微かに残っていることから、最初に注がれた一杯を飲み終わったのだろう。
おかわり持ってきたほうがいいかな。でもいらないって言われてもいやだしな……ま、いーや。
考えた結果スルーをして、その席を通りすぎた。
「お客様、お水のおかわりはいかがですか?」
「あら、ありがとう。いただくわ」
そんな私と入れ替わるように、八木さんは水のピッチャーを手にお客さんの元へと向かった。
……ほら、自分がやらなくても誰かがやるし。