恋宿~イケメン支配人に恋して~
「吉村」
呼ばれた名前に顔を向けると、部屋のすぐ外にはいつの間に来ていたのか芦屋さんが立っていた。
彼は手招きをして私を呼ぶと、廊下の隅の人目につかないような位置へ連れていく。
「なんですか」
「お前な、もっとしみじみ仕事しろ。ちょっと見てたが、ひどすぎるだろ」
「へ?」
なんで、どこが?
意味が分からずきょとんとした私に、彼の眉間にはシワが寄る。
「お客様に無愛想に接客する仲居がどこにいる。朝は『おはようございます』、物置く時は『失礼致します』!子供にぶつかられたくらいで睨むな!」
「そう言われても……」
「あと他の仲居から聞いたぞ。お前魚の種類聞かれてマグロって言ったって?バカ!あれはめかじきだ!知ってる名前を適当に言うな!」
うっ……。
ズバズバと指摘をしていくそのきつい言葉に、反論出来ずに押し黙る。
「あと、あのお客様のグラスが空だったことお前気付いてただろ。無視しやがって」
「えっ、なんで知ってるんですか」
「目の動きを見れば分かる。気付いたなら声をかける、『誰か』じゃなく『自分』がやるんだよ」
誰かじゃなく、自分が……。
言い方は偉そうだけれど、間違いではない。でもやはり気持ちよく『はい!』とは言えない。その手はそんな私の帯をポンッと叩く。
「ほら、ぶすっとしない。背筋伸ばす!」
「……あー、うるさい……」
「おい。聞こえてるぞ」
ついこぼれてしまった心の声。聞こえるか聞こえないかの大きさだったにも関わらず、彼にはちゃんと聞こえていたらしい。