恋宿~イケメン支配人に恋して~
「あーもうっ」
そのままどこかへ行く気にもなれず、やって来たのは従業員棟である別館の裏庭。
裏口のドア前の石段に座り、溜息にも嘆きにも似た声をひとつこぼした。
リフレッシュするためにわざわざここまで来たのに……なんでこんな思いしなくちゃいけないの。
それもこれも、全部あの男のせい!大体あの花瓶、本当に300万もするわけ?
「っ……なにが支配人だ、顔がいいだけの猫かぶり男ー!!!」
ひと気がないのをいいことに、思いをぶちまけるように叫ぶ。
ふふ、言ってやった。ちょっとすっきり……。
「誰が『顔がいいだけの猫かぶり男』だって?」
「えっ!?」
ところが、後ろから聞こえた声に振り向くとそこにいたのはスーツ姿の彼……芦屋さん。彼は呆れたような目で、腕を組みそこに立っていた。
「な、なんでここに!?」
「そりゃこっちの台詞だ。なんでいつもみたいに煙草吸いに来たら、悪口言われなきゃならないんだよ」
「うっ……」
き、聞かれていた。
さすがにあんな堂々と悪口を言うシーンを見られれば気まずく、視線をそらす。
けれど芦屋さんは特に気に留めてはいない様子で、スーツの内ポケットから取り出した煙草に火をつけた。
「……接客業なのに、煙草」
「接客業が吸っちゃいけない決まりはない」
ぼそ、と呟くと彼は冷静に言葉を返し煙を吐き出しながら私の隣へと座った。