恋宿~イケメン支配人に恋して~
「そろそろ戻るか。お前も、もうすぐチェックイン準備だからな」
「……はーい」
「あと、戻る前に」
「へ?わっ!」
すると芦屋さんは立ち上がり、裏口のドアの向こうから取り出したなにかを私にプシュッと噴きかけた。
「つめたっ……なんですか、いきなり!」
「消臭スプレーだ。煙草吸った俺の近くにいたんだから、お前もやっとけ」
「いちいち消臭するくらいなら煙草やめればいいのに……」
「簡単にやめられるなら苦労しないんだよ」
続いて自分の全身にもシュッシュッとスプレーをかけると、彼は爽やかなミントの匂いを漂わせ、颯爽とその場を後にした。
わざわざここまで煙草吸うために来ているんだ……。まぁ、確かにここなら人目につかず吸えるし、匂いもこもらないからいいかもしれないけど。
いちいち消臭するあたりも、支配人としての彼の性格を表していると思った。
けどあの人も、意外と普通に話したり笑ったりするんだ。
「出来ることをひとつひとつ、か……」
自分が今まで抱えていたこと。仕事に対しての気持ちとか、どうすればいいのかとか、そういったものが少しすっきりした気がする。
偉そうな言い方なのが気に食わないけど……。
『それを求めるのは、贅沢でも何でもない』
自分だけを、必要としてほしいと求めること。それを贅沢なんかじゃないと言ってくれた。
……少しくらい、頑張ってみようかな。自分になにができるのかは、わからないけれど。