恋宿~イケメン支配人に恋して~
……けど、自分が泊まりに来て、浴槽に髪の毛落ちていたらいやだよね。
自分の身に置き換えるとやはり気になってしまい、再度体を浴槽へ向け落ちていた毛をそっと拾った。
あ、鏡に水気ついている。シャワーの位置も曲がっているし、備え付けのアメニティも中身ぐちゃぐちゃ。
ひとつ気になると、あれもこれもと気になって、ササッと直していく。
『ならとりあえず、言われた仕事を丁寧にやる』
『出来ることからひとつひとつやってみろ』
丁寧に、ひとつひとつ……。
浴室から脱衣所、洗面所と気になるところをひとつひとつ直す。
「理子ちゃーん……ってあら、随分キレイに整えたねぇ」
「あ!す、すみません……あれこれ気になりまして」
しまった、時間かけすぎた?
こちらを覗き込み感心するように言う八木さんに、はっと我に返る。そんな私に八木さんはふふと笑った。
「ううん、大丈夫。でも朝食の時と偉い違いだねぇ。やる気アップ、って感じ」
「朝食の時……あ、もしかしてグラスのこと」
「うん。理子ちゃんが気付いてて通り過ぎたの、気付いてたよ」
気づかれていた……!
気付かれていないと思って怠けているところを、気付かれていたことに一気に恥ずかしくなってしまう。
けれど怒ったり嫌な顔をするわけでもない彼女は、気にしていなかったのか仕方ないと諦めていたのか。その心の中はわからない。
「覚えること沢山で大変かもしれないけど、ひとつひとつ、やっていこうね」
それでもこうして、笑顔で励ましてくれる。頭ごなしに怒るのでもなく、必要ないと切り捨てるのでもなく。
その柔らかな優しさに、心は少しずつ前を向く。
「……はい、」